ホーム > E ミュージアム大阪 > 宮川香山 > 宮川香山 2代~4代作品


2代宮川香山~ 4代宮川香山(跡継香山)香山戻る200.jpg


(1)はじめに

本欄では2代~ 4代宮川香山の略歴を表化した。

相続継承した各代とも銘款が初代と似ているので、その判別を間違いやすい。本項では2代から4代宮川香山までの作品及び器銘を各代個別に特定せず、跡継ぎ香山として一括紹介する。

       
安政 6 (1859)  

香山半之助 宮川長平(香山の兄)子として生まれる。

       
明治14 (1881)   3代香山宮川半之助長男葛之輔誕生
       
明治17 (1884)   4代の香山宮川半之助二男智之助誕生
       
大正 6

(1917)

 

宮川半之助、二代香山を襲名する。この年、真葛陶磁器製造所は、合資会社となる
2代香山は、この年より日本美術協会主催美術展覧会の審査員を歴任する

       
大正12 (1923)   二代香山、古伊賀焼の復興を指導する
       
昭和 2

(1927)

 

6月、関東の陶芸家らで、東陶会を結成。二代香山は、これに板谷波山らと顧問となる。
二代香山、第8回帝展に出品。

       
昭和 7 (1932)   二代香山、第13回帝展で審査員を務める。
       
昭和15 (1940)   4月19日、二代香山、死去。亨年82
       
昭和16 (1941)   宮川葛之輔、三代香山を襲名する
       
昭和20


(1945)


  5月29日、横浜大空襲。この空襲で真葛陶磁器製造所の工場や住居も被災。三代香山、
家族・従業員とともに被災死し、真葛焼き、事実上の終焉を迎える。
昭和20年代後半 宮川智之助、四代を名乗って真葛焼の復興を志す。
       
昭和34 (1959)   4代香山7月7日死去、真葛焼、その終期を迎える。
       


宮川香山2代~4代共箱及び器年


年号入り共箱作品「作」から判定できる2代作品


年号入共箱作品「作」から判定できる3代作品

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