屏風   燈籠流し図

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本屏風は大正5年第10回文展集品作で今まで公開されず幻の屏風であった。
本屏風は出品確定とされ、絵葉書まで用意されたが落選した。本人だけでなく世間ではその落選に驚き鏑木清方は次のように評した。

「落選の美人画の中島成園女史の作は、写真で見た所では、落選すべきものとは思はれないが聞くところに依れば、色調の弱すぎた為だと云ふことである。大阪の閨秀画家の作が、色調の弱い為に落ちゃうとは思ひ掛けないことであった。思ふに女史などは閨秀作家中、何か考へている人らしいから、千代紙式のいわゆる閨秀作家式の型からまぬかれやうとして、落選の不幸に逢つたのであらうと思ふ…大阪の作家は、濃厚なる絵にも、淡彩の絵にも、一種の濁った色調を持っている。それが・・・時と場合に依って、観者に不快の感を与へることがある・・・成園女史の『燈籠流し』も取材の非常に優れたものであったに係らず選に入らなかったは、此色調の為であったらうと思ふ。取材では松園、蕉園両女史のものより好い画となるべき質を持っていたのに出なかったのは惜しいことである。・・・蕉園女史以後東京からは見るべき作家を出さない・・・閨秀作家の落選は其の堕落を救ふ審査員の機宜を得た外科手術である」

屏風 2曲1双
サイズ 169.0×152.3㎝
表装 紙本
共箱 なし

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